世界のはて

『はてな非モテ論壇』の一角だった場所

「超ライトオタク」は、オタク文化に流入してきているのではない。オタク文化を自分の文化に持ち帰っている

……と、「超ライトオタクが増えても、オタク文化のトライブがひとつ増えるだけだよ」という話をしたところで、最近話題の「DENPA!」関連の記事等を読み、僕が感じている「超ライトオタク」に関する雑感を少々。


僕が思うに、テクノウチさんの記事で語られるような「超ライトオタク」は、オタク文化に「流入している」のではない。彼・彼女等は、ファッションなり音楽なりの文化を自分の「住み家」として持ち、そこにオタク文化のエッセンスを「持ち帰って」楽しんでいるように見える。「DENPA!」の主催者はファッション業界の人間だそうだし。

かつて行われていたコスプレダンパや、ゲームミュージックを使ったクラブイベントは、オタクである主催者が、オタクカルチャーを「アウェー」であるクラブに持ち込んだイベントだった。あくまで「ゲームやアニメ」を「クラブ」に持ち込んで楽しむというスタイル。

これに対して「DENPA!」は、ファッションやクラブカルチャーの住民が、自分のカルチャーに「ゲームやアニメ」を具材として持ち込んだ、という感じ。主従関係が、逆。村上隆が、「芸術」の具材として「ゲームやアニメ」を使っているという感じに近いかな。

id:kanoseさんは、「DENPAが従来のコスプレダンパ文化とどう違うのか誰か教えて欲しい」と言っていたけれど、コスプレダンパとDENPA!の違いは、「住み家」をオタク文化の内側と外側の、どちらに置くかという違いじゃなかろうか。

ただ、あくまでコレは外野である僕の印象論なので、現場に近い人の意見も聞いてみたいところなんだけど。

【追記 2008 12/26 AM.6:30】

僕が感じているこの「持ち帰ってる感」は、「ファッションのテーマとして『パンク』や『モッズ』が選ばれているような感じ」といえば解りやすいかも。

「パンク」や「モッズ」は、ファッションデザイナーからしょっちゅうテーマに選ばれる素材で、パリやらミラノやら東京やらで開催されるコレクション*1では、これらの文化をテーマにした服が頻繁に作られる。でも、このときデザイナーの文化的軸足は、あくまでファッションの側にあり、ファッション表現のテーマとしてこれらの文化を拝借しているのであって、デザイナー本人がそれらの文化の住人だというわけではない*2

つまりこれは、「パンクの中にファッションがある」のではなく、「パンクをテーマにしたファッション」だということ。

これと同じように「DENPA!」で行われていることは、「オタクをテーマにしたファッション」なんじゃないかというのが僕の感想。「ファッションのテーマとしてオタクが選ばれている」そんな感じがする。

でまぁ、そもそもファッションっていうものは、いろんな文化からテーマをつまみ食いして吸収しながら変化・成長していくモノなので、これ自体は悪いことだとは思わない。オタク文化も、パンクやモッズのように、ファッションのテーマのひとつとして選ばれるような、立派な「文化」として認識されつつあるんだなぁと感慨深くもある。

ただ、彼・彼女等「超ライトオタク」がやっているのはあくまで「オタクをテーマにしたファッション」であって、彼・彼女等自身が「オタク文化の住民」になったわけではないよねと僕は思う。そういうこと。

【さらに追記 2008 12/26 AM7:30】

ふと思ったんだけど、ファッション業界で「パンク」や「モッズ」がしょっちゅうテーマに選ばれるのには、デザイナーの年齢が関係しているんじゃなかろうか。いま一線で活躍しているファッションデザイナーは、世代的にちょうどパンクやらモッズやらといった音楽カルチャーの洗礼を、若者時代に受けてきた人が多いような気がする。

この推測が当たっているとすれば、「DENPA!」的な「オタクをテーマにしたファッション」は、オタク文化の洗礼を受けて育った世代がファッション業界で一線を張るようになるにつれ、徐々に増えていくことになるのかも。「DENPA!」は、そうした流れの最初の一歩的な現象なのかも知れない*3

*1:ファッションショーのこと。

*2:そもそも論でいけばパンクもモッズもファッションまで含めての文化だったわけだけど、それらの文化が衰退したいま、コレクションのテーマとしてこれらの文化を使うことは、単純にファッションの素材としての意味合いが強いと思う。

*3:まぁ、今までも「ギャルソンxハリケンジャー」とか「ヨウジヤマモトウルトラマンコスモス」とかあったけど、それが大衆化したものとして。海外でもナードがテーマのコレクションとか、あった気がするなぁ。